宇宙医学・ライフサイエンス

1.基礎宇宙医学:地下無重力施設を利用した生化学・生理学的研究 
宇宙環境においては加齢過程が促進されます。宇宙飛行士は2週間程度の滞在でさえも、筋力の衰え、骨組織からのカルシウムの喪失、免疫系の機能異常が出現し、地上に帰還しても、しばらくは回復しません。中枢神経系にも機能異常が出現し、閉鎖宇宙環境にあっては、3ヶ月毎にひどい鬱傾向が出現すると言われています。これらの機能異常を克服するには個体・細胞・遺伝子レベルでの研究が必要です。遺伝子の転写、翻訳、シグナル伝達を含めた細胞内のあらゆる生化学的プロセスが微小重力(宇宙)環境の影響を受けることが示唆されています。我々は、微少重力(宇宙)環境での生命現象の特殊性を、北海道空知管内・上砂川町の10秒間・無重力施設を利用して以下の研究を行いました。

(1) ラットを使った10秒間・微小重力環境実験で「情動反応」が自律神経系、精神運動機能、高次脳機能に及ぼす影響を検討した。その結果、微少重力環境に於ける「情動反応」は、中年女性に多く見られるパニック症候群の神経病理学的特性に共通する部分がある事を明らかにしました。
(宇宙生物科学14 (3) 2000,190-191.)
データ 微小重力環境実験


(2) 宇宙環境に生物が長期滞在すると遺伝子発現が変化する事が、宇宙飛行士の血液細胞を使った研究で報告されています。10秒間・微小重力環境を利用した試験管内実験でも同様の結果が得られました。更に新たな知見として、ストレス蛋白の発現も影響を受ける事が示唆される結果を得ました。
(宇宙生物科学 15 (3) 2001, 306-307.)
データ 試験管内実験


(3) 微小重力環境で、免疫反応が抑制される現象を解析する為に、10秒間・無重力環境を利用した試験管内実験を行い、蛋白分子の相互認識遅延が起こる事を確認しました。
(投稿中)
グラフ 試験管内実験


2.臨床宇宙医学:地上の壮年者〜高齢者予防医学(浦臼フィ−ルド医学)の展開

宇宙医学が地上の先端予防医学となる理由:
日本では高齢社会を迎え、高血圧、心臓病、糖尿病などの生活習慣病を持つ壮年〜高齢者が増えています。その原因として、運動不足、過大なストレスにさらされる事、高齢者の場合は横臥位となる生活時間が増える事などが挙げられます。これとよく似た状況が、宇宙船に長期間滞在する搭乗員の場合に当てはまります。即ち、彼らは無重力・閉鎖環境の下で、十分な運動が出来ない状態で、緊張の続くミッションを遂行する事により、交感神経優位の状態(ストレス)を長時間経験する事となり、造血組織・骨筋組織の萎縮、循環器、神経、免疫系の調節障害を発症する事となります。これらの障害は宇宙飛行士が地上に帰還し、地上重力環境の下で適切な治療を受ける事により、徐々に改善され、やがて宇宙飛行士は健康を回復していきます。
 宇宙医学は加齢過程・ストレスの制御を主たる目的として開拓された医学分野である事から、宇宙飛行士以外にも壮年者〜高齢者に適用される地上の先端医学となります。 又、NASAの宇宙医学はFranz Halberg ミネソタ大学教授(時間医学の父)がその創設初期を指導した経緯から、卓見にも、時間医学を基本原理として組み込む事となりました。 昼・夜サイクルの消失した宇宙環境で生活する搭乗員の生体リズムを正常な形に修正する事も、宇宙医学の主要な任務の一つです。
 時間医学はその後、大塚邦明 東京女子医大教授、F. Halberg 教授らのフィ−ルド研究により、働き盛りの壮年〜熟年者を襲う「突然死」を予知する予防医学として大きく発展しました。彼らは2001度以来、北海道立衛生研究所 矢野昭起 健康科学部長らと共同して、時間医学に基づく突然死の予防、生活習慣病の予防・治療を行う「浦臼町フィ−ルド時間医学」を実施・検証しています。

北海道空知管内・浦臼町におけるフィールド(時間+高齢者)医学の実践と成果:
過疎・高齢化は全国に共通した現象でありますが、北海道に於いては、一次産業を支える就労人口を確保する上で大きな問題となっています。2001年度、空知管内・浦臼町において、フィ−ルド時間医学が開始され、壮年者〜高齢者(約180名)を対象として、心拍変動解析、ABPM検査を行いました。その結果、緊急手術の必要な2名の心臓病患者が発見されました。適切な処置をとり、事なきを得ました。他に数名の夜間血圧の下がらないノンデイッパ−患者が発見され、時間治療医学に基づいた適切な治療を地域基幹病院の主治医との連携で行い、血圧を正常値に戻し、元気に社会復帰させました。

ABPM検査を受ける浦臼町長 ABPM検査データ
率先して携帯血圧計を装着しABPM検査を受ける山本 要 浦臼町長 ABPM(24時間x 7日)検査デ−タ 例
※浦臼町のフィールド時間医学は、米国ミネソタ州立大学教授 F. Halberg(NASA宇宙医学の創設者)博士との
 共同研究となっており、「浦臼町」の名は世界に知られる事となりました。
(Biomed Pharmacother 2002;56 Suppl 2:231s-242s; Biomed Pharmacother 2002;56 Suppl 2:319s-326s)

一方、65歳以上の高齢者に対しては、「フィ−ルド高齢者医学」の発祥の地、高知県・香北町で実績のある松林公蔵 京都大学教授の指導を得て、2000年度より、浦臼町において「フィ−ルド高齢者医学」を実施しています。即ち、個人差のある“老いの程度”を分かりやすい神経内科学的測定法で客観的に“数値化する”方法論を導入し、医学的根拠に基づいて、高齢者向けの“若返り運動”を実施しました。即ち、浦臼町在住の高齢者の地域特性、文化特性を統計的に検討した上で、前期高齢者(65 歳以上74以下)に対しては、体力に応じた就労を推奨し、農業、林業の貴重な生産人口として確保しました。又、後期高齢者(75歳以上)に対しては、高齢者が地域社会で自立生活を送る為に必要な日常生活能(ADL)を改善・保持する事に焦点を絞り、“高齢者特有の本人にしか分からない心身の苦痛”を可能な限り取り除く医療を行いつつ、保健センタ−職員と共同して、高齢者の包括的医療を実践しました。日常生活能(ADL)が低下した高齢者に対しては、歩行訓練、音楽・回想療法、惚け防止のゲーム、料理教室の開催などのプログラムを実施し、積極的に日常生活能(ADL)を改善させ(図A)、自立生活の支援を行いました。その結果、後期高齢者の社会的役割満点者は顕著に増加し、生活の質(QOL)が高くなった(図B);後期高齢者の歩行能力が向上し、転倒による骨折事故が防止できる事となった;後期高齢者の認知機能が改善され、惚け症状防止の効果が得られた;等々の成果が得られました。

夏季健診風景1 夏季健診風景2
浦臼町フィールド(高齢者+時間)医学 夏季健診風景

グラフ1 グラフ2
 (図A)  (図B)

後期高齢者によく見られる日常生活機能(ADL)、認知機能の低下は、つい最近まで医学界でも“川の流れの様な一方向の現象”として取り扱われていましたが、実は、外からの積極的な働きかけ(フィ−ルド高齢者医学等で行われるプレハビリ)により、部分的、一時的には予防・改善し得る可逆的な現象である事が判明しました(医学雑誌Lancet投稿論文、香北町に於けるフィ−ルド医学の成果報告書等を参照)。即ち、地上に帰還した宇宙飛行士と同様、高齢者でも低下した運動能力、認知能を回復させる事が可能である事が分かりました。この様に浦臼町で実施されているフィ−ルド(時間+高齢者)医学は、言わば、“地上の臨床宇宙医学”として貴重な成果、知見を蓄積しており、“宇宙飛行士の為”の宇宙医学建設に大きく貢献しています。
これらの成果を基として、浦臼町では「フィ−ルド高齢者医学」が高齢者の就労能力、自立能力を維持・向上させる「相互扶助的な地域ぐるみの文化運動」として承認され、発展していく段階となりました。


2003年度以降のフィ−ルド(時間+高齢者)医学の新たな展開:
従来のフィ−ルド(時間+高齢者)医学事業は継続して実施して行きますが、高齢化率30%を越す過疎地に於いては、独居老人の健康情報/生活情報は依然として、隣人からの通報に頼る事が多く、保健センタ−職員によって、独居老人の健康情報を常時把握する事は困難であります。特に、北海道の場合隣人までの距離が遠いこともあり、この問題を解決する為には、高齢者個々人の身体情報をインタ−ネット、衛星通信などを介してリアルタイムで収集・解析するシステムが必要となります。

2003年、5月1日、浦臼町に東京の医療ITベンチャ−、(有)宇宙船北海道、が進出し世界に先駆けて開発したテープ状の端子を使った「腹部心電計」を利用した“ウエアラブル心電計”を製造・販売する事となりました。このウエアラブル心電計で得られる心電情報をインタ−ネットを介して浦臼町、札幌の情報センタ−に収集・解析し、異常情報の場合は、地域保健センタ−・消防署に配信するソフトを組みあわせた 「IT利用心電情報配信システム」を構築します。このシステムの実証実験を2003年10月、浦臼町で行い、翌2004年 2月、高知県・嶺北地方、土佐町、本山町の2カ所で浦臼町と同様の実証実験を行います。実証実験の成績を検討して、2005年以降、全道、全国に「IT利用心電情報配信システム」を拡大していく予定であります。本システムは健康に不安のある壮年者〜熟年者にも適用できる事から、過労死が相次いでいる日本全土をカバ−する健康管理システムとして拡張できる可能性があります。 2005年以降、「小型北海道衛星」が軌道上に投入される予定ですが、宇宙回線を利用する新手の小型身体情報発信装置の開発も現在計画されております。
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